「偽裁判」開廷 [困惑]
今年6月には、千葉地裁で、勾留質問の際には書記官の立会いが必要であるのに、事務官が立ち会っていたとの不祥事があったとの報道がありましたが(6月13日のブログ(「勾留質問」)参照)、
今度は札幌地裁でです(12日の毎日jp「札幌地裁:30代書記官を戒告処分 文書紛失を隠蔽工作」)。
事案は、複数の新聞の報道内容を整理すると、
① 裁判官が、事件を簡裁へ移送する決定書を今年1月に作成し、担当書記官に渡した。
② 担当書記官は、裁判官が渡された決定書を1月下旬頃紛失した。
③ 担当書記官は、4月上旬頃、コンピューターシステムに入力された移送決定のデータを削除し、架空の第1回口頭弁論期日を入力した。
④ 担当書記官は、6月に、原告と被告に対し口頭弁論期日の期日呼出状を送付した。
⑤ 7月に口頭弁論期日が開催され、原告側は代理人の弁護士が出頭。被告は欠席したが答弁書を提出した。
⑥ 4月に着任し、事件を担当することになった裁判官が第1回口頭弁論期日の開催日が(訴訟提起日から見て、異様に)遅いを不審に思い、発覚した。
⑦ 札幌簡裁へ8月下旬頃、訴訟記録が送付され、移送手続完了。
という経緯を辿ったようです。
担当書記官は、移送決定の決定書を紛失してしまったことに気付き、パニックとなってしまって、データの書き換えという刹那的な行動をとってしまったのが発端で、引き返せなくなってしまったのでしょう。
決定書のデータを裁判官は当然、バックアップしているでしょうから、
素直に紛失したと書記官が申告してさえいれば、
何とか辻褄合わせがされ、事なきを得てたはずです。
担当書記官の不祥事は、担当裁判官など、その書記官を監督する地位にある役職者の監督不行届きにもなるわけなので、
書記官のミスを、親身になって リカバリー してくれたはずだからです。
ただ、今回の件では、裁判官が異動した4月になって書記官が決定書の紛失に気付いたため、決定書を作成した裁判官に紛失を打ち明ける訳にいかなかったという事情があるのかもしれません。
ですが、担当部の上席書記官や、担当部の部長(裁判官)に紛失を打ち明けるという方法もあったはずです。
先ほども述べましたが、部の書記官の不祥事は、その書記官を監督する地位にある役職者の監督責任に関わることになるため、(自分のことのように)親身になってくれたはずです。
なぜ、こんな事件が起きてしまったのか、不思議な気がします。
ところで、この書記官の件について、毎日jpでは、
札幌地裁は公文書偽造の罪に当たるか検討したが「犯罪性を疑うに至らなかった」として刑事告発しない方針。
と報じています。
共同通信の配信記事(「札幌地裁書記官が「偽裁判」開廷 文書紛失で隠蔽工作」)では、
札幌地裁は「公文書偽造などには当たらないと考えており、刑事告発は予定していない」としている。
YOMIURIONLINE「地裁書記官が書類偽造…札幌」)でも、
同地裁は公文書偽造・同行使などには当たらないとして、刑事告発はしない方針だという。
とそれぞれ報じています。
札幌地裁の広報担当者は、「書記官には期日呼出状を作成する権限があるので、(有印)公文書偽造罪(刑法155条1項)・同行使罪(同法158条1項)には該当しない」と言っているのでしょう。
広報担当者の説明は、その限りでは正しいと言えます。
しかし、公文書の作成権限がある公務員が内容虚偽の公文書を作成し、文書を行使した場合には、
虚偽公文書作成罪(刑法156条1項)・同行使罪(同法158条1項)に該当することになります。
担当書記官の、内容虚偽の期日呼出状の作成と送付が、虚偽公文書作成罪・同行使罪に該当する犯罪であることは自明なことのはずです。
情を汲んで告発しないというのならまだしも、嘘に近い理由を述べて、刑事告発しないというのはどういうつもりなのでしょう。
これも霞が関文学的表現の一例なのでしょうが、
噴飯ものです。
刑法
第155条(公文書偽造罪)
第1項 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
第2項 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
第3項 前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
第156条(虚偽公文書作成等)
公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前二条の例による。
第158条(偽造公文書行使等)
第1項 第154条から前条までの文書若しくは図画を行使し、又は前条第1項の電磁的記録を公正証書の原本としての用に供した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は不実の記載若しくは記録をさせた者と同一の刑に処する。
第2項 前項の罪の未遂は、罰する。
ついでに、新聞各社の記者の資質及び矜持について一言。
裁判所担当の記者であれば、公文書偽造罪と虚偽公文書作成罪の違いくらいは当然知っています。
札幌地裁の広報の「公文書偽造・同行使などには当たらない」という説明が、おかしいことなど重々承知していたはずです。
異議も挟まず、そのまま記事にするとは、どういう了見なのでしょうか。
各社の記者とも、どちらを向いて報道をしているのか疑いたくなります。
同様に噴飯ものだと言えます。
(上図は、名古屋地裁で実際に使われている期日呼出状の一例)